専業奴隷の経済学 2

前回、専業奴隷の経済学1で述べたことはデータ上はわかっていることであるが、未来に大きな変動(ハイパーインフレや失業など)がないとしての試算である。
未来におけるリスクの話をしよう。

3. 未来の不確実性
現代はVUCA(Volatility(変動)、Uncertainty(不確実)、Complexity(複雑)、Ambiguity(曖昧)の時代であると言われる。かつてないほど社会の変化が激しく、未来の見通しが難しくなっていることを象徴する言葉だ。
20年前に、現在のように毎日3時間スマホをいじる未来を予測していた人がどれだけいるだろうか?(iPhoneが世に出たのは2007年だ。スマホなど、20年前はほとんど持っている人はいなかった。)

ここ20年で世界を最も変えたものの一つはインターネットだろう(ここでは、通信網や無線などのインフラと、その上で動くSNS等のソフトウェア、背後のアルゴリズムも合わせて広く「インターネット」として論じる)。今あなたが読んでいるこのウェブサイトも、インターネットがなければ世に出なかった。
企業の価値もインターネットの重要性を反映している。GAFA(Google, Amazon, Facebook, Apple)、全世界の株式の中でも時価総額がトップ10位以内に入るこれらの企業も、ここ20年のインターネットの発達と共にあった。Googleの誕生は1998年、Amazonが日本語版サイトをオープンしたのは2000年、Fecebookの設立は2004年、Appleの1976年創業だが、ジョブズが復帰したのが1997年、iPodが世に出たのは2001年だ。これらの企業は20年で世界のトップレベルに上り詰めたのだ。

グーグルのテクノロジ主義は顕著で、他のサイトからリンクされるサイトは価値が高いとするページランクアルゴリズムを開発し、それが今ではご託宣の域にまで達している。何でも答えてくれるグーグル検索。あなたも、人に言えないキーワード、「SM」とか「鞭」とか検索したことがあるだろう。Amazonは画像処理技術を使ったAmazon Go(無人コンビニ)や倉庫の無人化、ドローンによる無人配達、宇宙飛行事業などにも手を伸ばしている。Facebookも2019年、Libra(仮想通貨、暗号資産)を扱うと発表した。もし成功すれば、最強のオンラインバンクになるだろう。

この記事を見ているあなたはたぶん、インターネットに触れない日はないだろう。過去20年でインターネットはあなたの生活を変え続けたが、これからはどうなるだろうか。次に破壊的な影響をもたらす可能性があるものの一つは、AI(人工知能)だろう。21Lessons[*8]を引きながら、AIの持つインパクトについて書いてみよう。

2017年、AIチェスソフトのアルファゼロは4時間で、人間の棋譜なし(自分自身との対戦のみ)で、名人を軽く超越する域に到達したという。前年王者ソフトのストックフィッシュ(人間の棋譜を十分に学習に使ったチェスソフト。人間よりはるかに強い。)に100戦中、28勝72引き分け(一度も負けなかった)。もはや、AIは特定の領域では創造性においてさえ人間の能力を凌駕することを証明する結果となった

極めて高い知能を持ちうるAI。AIの雇用市場に対しての影響予測が総務省の令和元年版情報通信白書[*9]で紹介されている。
情報白書
2013年に英国のAI研究者のマイケル・オズボーンが、米国において今後10~20年内に、労働人口の47%が機械に代替されるリスクが70%以上との見込みを発表した。これは世界に衝撃を与えた。

歴史的には、機械に人間の仕事が奪われる度に、新しい仕事が生まれるということが繰り返されてきた。しかし、今回は違うかもしれない。AIは精神の領域に食い込んでくるからだ。人間の能力には身体的能力と認知的能力がある。今までの機械化は、重いものを運ぶことや、単純な作業を繰り返すなど、人間の身体的能力の代替であった。しかし、これからは人間の思考の代替すら、AIが担う可能性がある。これにより、人間の無用化が実現してしまうかもしれない。[*補足]

具体的に考えてみよう。AIによる自動運転は、法制度の問題はあれど、技術的には向こう10年ほどの間に実現しそうだ。19世紀の荷馬車の御者は、車が発明された時、タクシーの運転手に転職した。もし自動運転車が発明されたら、タクシーの運転手はどうするのだろうか?

AIだけではない。テクノロジの変化に対応できる者だけが生き残る。あなたのご主人様は、対応できる人だろうか。

4. 結論
さて、1-統計的事実、2-金融工学、3-不確実性、と説明してきた内容を軽く振り返る。
1 ご主人様に経済的に依存して生きるためには、ご主人様の手取り収入が日本の上位0.5%程度に入るほど、多い必要がある。
2 あなたが20歳なら、専業奴隷の道を選ぶことは、4678万円程の人的資本をご主人様との蜜月に蕩尽することになる。
3 不確実性の時代。頼るべきご主人様は、テクノロジの変化に対応できる必要がありそうだ。

以上のことから、専業奴隷という選択は、経済的にはなかなか難しい道であると言わざるを得ない。

ではどうすればいいのか、ということを次に書こう。

続く


GAFAについて
the four GAFA 四騎士が創り変えた世界, 東洋経済新報社, 2018, スコット・ギャロウェイ(著), 渡会 圭子 (翻訳) 

[*8] 21 Lessons 21世紀の人類のための21の思考, 河出書房新社, 2019, ユヴァル・ノア・ハラリ  (著), 柴田裕之 (翻訳) 



[*補足]
人間の思考の代替と言っているが、AIは本当の意味で「考える」わけでは無い。
精神の働きについては、知能と意識を分けて考える必要がある。知能とは問題を解決する能力、意識とは愛、痛み、喜び、怒りなどを感じる能力を指す。コンピュータは知能に関しては驚異的だが、意識を持つには至っていない。あくまでアルゴリズムに基づいた最適解を人間より早く探せるだけである。意識を必要とするような職種はAIには代替されにくい。

少なくとも向こう数十年間はSF的なシンギュラリティ(ロボットが意識を持ち、自分より賢いロボットを作れるようになること。ロボットは人間のように物理的な制約を持たないため、超高速で自分をアップデートし続け、賢くなれる。アルファゼロが4時間で人類を凌駕する腕になったように。)は来ないだろう、ということで研究者の意見はおおむね一致しているようだ。ゴルゴ13の自己成長型プログラム「ジーザス」、火の鳥の「ハレルヤ」、マトリックスのマザーコンピュータは、まだ来る見込みがない。一安心。

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