汚物、グロ表現を含むので閲覧注意。
日本語訳の書籍について
もともと、4章まであるサドの原稿のうち完成しているものは序章と1章のみ。2、3、4章は箇条書きのメモのような形式。澁澤龍彦訳(河出文庫)のものは、序章のみの抄訳となっているので注意。もしこれから購入するなら、佐藤晴夫訳(青土社)の全訳版[*1]が良いと思う。
英語でよければ、こちらに全文が載っていた。なつやすみの課題図書にどうぞ。えー。
主な登場人物
主人公=四人の権力者(45歳ー60歳)、四人の妻(18-24歳)、四人の語り女(48-56歳)、8人の馬蔵(絶倫で主に権力者の肛門を犯す役割、25-30歳)、8人の少女たち(12歳ー15歳)、8人の少年たち(12ー15歳)。
あらすじ
4人の権力者が快楽の極地を味わうため、黒い森の館に籠り、邪淫行為にふける。4人の語り女が、目撃または体験した淫虐の物語をそれぞれ150話ずつ語り、権力者がそれを聞いて情慾を燃え立たせる。その場で、語られた内容を実行に移すこともある。語られる内容は章が進むごとに激しさを増し、登場人物46人のうち30人は殺されてしまう。
淫虐行為
1-4章より、淫虐行為のいくつかを抜き書きして引用。(FC2ブログの禁則単語があるため、一部伏字としている)
1章:単純な欲情に関する物語より
汚ければ汚いほど、嫌らしければ嫌らしいほど刺戟的な快楽を味わえ...
鏡に映る哀れな、う○こだらけの姿をうっとりして眺めながら私に一物を擦らせて...
彼女が違反を一つ犯すたびにう○こを一つ食べさせてやろうと言うことに決まり...
お尻にたくさんの金の針を刺して貰い、お尻が針山のようになると、そのまま椅子に座ってたっぷりと針の刺戟を味わい...
女に身体中の関節を紐で縛って貰い、甘美な放出を楽しむために、女に息の根が止まるほど紐で咽喉を絞めさせ...
少年たちの一物を吸うことを最も単純で、最大の快楽の一つにしていた司教...
妻たち、少年たち、娘たちが仲間たちの口以外におならをすることを禁止し...
2章:複合した欲情に関する物語より
30歳から40歳までの、まだ生娘の女を犯すのを好んだ...
十字架に懸かっているイエズスの頭がちょうど女のクリトリスに当たるようにして十字架に跨がらせ...
五歳から七歳までの女の子を鞭で叩きたがり...
最初の日は100回、次の日は200回というように、鞭打ちの回数を倍増していって、鞭打ちを九日間も続け...
3章:犯罪の欲情に関する物語より
親子(父親と息子と娘)を探してきて、父親に自分の裏門を攻めさせてから、息子と娘の裏門を賞味し...
女の両腕と頸に針を刺し、五箇所から一斉に血が吹き出すのを眺めながら...
犬を犯し、放出しながらその犬の頸を切り落とし...
女にお腹が膨れ上がるまで食べさせたり、水を飲ませたりした上に、玉門とお尻の穴を糸で縫って...
女の両耳を剃り落として...
4章:殺人の欲情に関する物語より
生身の娘の心臓を刳り出して、そのまだ暖かい傷痕に一物を差し入れて放出し...
残りの乳首と、両腕と腿の肉を六箇所切り取り、両手の指を残らず切りとり、玉門とお尻の穴に焼け火箸を差し込んで...
ガラス器の中に入れられた20匹の飢えた蛇は、彼女を生きながらに食べ尽くして...
子持ちで、しかも妊娠している三人の女を探し出して、鉄製の檻の中に閉じ込めてしまい、檻の下から火を焚いた..
感想
600におよぶ淫虐行為の一つ一つは淡白に書かれているので、内容の割りには読みやすい。愛は全くない。相手をよく知ることで快楽を深めるようなこともない。道具はやや貧弱。もともと1780年代の作品であるから仕方がないが、複雑な機構をもった道具は登場しない。現代のデバイス・ボンデージや着エロといった概念には至らない。(女性の衣装はペチコートばかりだ。)
サドはリベルタン(啓蒙的な無神論者)を自認しており、枠に囚われない性的嗜好のリストを作ろうとしたように見える。(皮肉なことに、サド自身が投獄され虜囚の身だったが・・・)。性欲の対象となる犠牲者の人間性、感情を徹底的に無視し、主人公(権力者たち)の快楽のみを優先する態度に、現代の神経中心主義に通じるリベラルさを感じる。針、鞭、火炙り、男色、処女、排泄物、キリストといった、シンボル化された興奮材料を使ってどの性的スイッチを押すかという感じ。サドにとっては女性器も肛門も同じ穴。以下、澁澤龍彦より。
肉体のありとあらゆる孔および突起物を用いて楽しむわけで (中略) 男女の性別も、年齢も、社会的身分も、血族関係も、すべて無差別に混淆されるばかりでなく、このように個人の肉体における性器の優位性すら、完全に否定されるのです。そうして、肉体全部が快楽のためにフルに活用される。ーサドのセックスの哲学は、要するに、そういう肉体のアナーキズム(無政府主義)に基礎をおいたものでした。[*2]
とてもリベラルだ。
最後に、ひとつぐらいは楽しめそうなプレイを挙げておこう。
2章より、人間燭台プレイ。
・テーブルの上に腹這いに寝かせ、お尻の穴を燭台にして蝋燭を立てて食事する。
・床に尖った小石を敷いて、娘をその上に四つん這いにさせ、背中の上と乳房の下に燃えている蝋燭を立てておいて、動かないように命令する。
え、あなたもされてみたい?
(参考文献)[*1] ソドムの百二十日, 1990, マルキドサド (著), 佐藤 晴夫 (翻訳)
[*2] 快楽主義の哲学, 文春文庫, 1996, 澁澤 龍彦
コメント
風花(かざはな)
怖さとそれにまさる高揚感、そして、惨めさ・・・
怖ろしい世界観です。
2020/05/26 URL 編集
カイ
コメントありがとう。そうだね、想像力が豊かな人なら読んでいるだけで気疲れするような本だよ。汚物、犯罪、殺人の話だけで上記600話のうち3分の2ぐらいを占めていて、適性がない人がポルノとして楽しむのは難しい。やっぱり、リアルのプレイがいちばん。
恐怖とドキドキ(興奮)は紙一重なので、この恐ろしい世界観をほんのひとつまみだけ取り入れたいね。
2020/05/27 URL 編集
フラメント
ボクも同じく無神論者なので 到着を非常に楽しみにしております
2020/06/04 URL 編集
カイ
ご訪問ありがとうございます。ええ、せっかく読むのでしたら全訳版が大変おすすめです。無神論に関して少し補足しますと、100年後のニーチェががんばって神を否定している(牧師の息子であるニーチェが、キリスト教から影響を受けていることを自覚しつつもそれを克服する)のに対し、サドの無神論はキリスト教をやすやすと足蹴にします。神への冒涜をただの快楽源の一つと見なしているところがあり、力みが感じられません。その意味で、サドの無神論のほうが筋金入りに思われます。
楽しんでください。
2020/06/04 URL 編集