SM文章と”めくばせ”

前回、村上春樹氏の書籍に2ミリぐらい触れたので、今回は文体の話。ちゃんとSMの話につながる。

子供の頃、ミヒャエル・エンデ「はてしない物語」にハマったことがある。
主人公バスチアン・バルタザール・ブックス(B.B.B)が本を読むうちに、本の中に入り込み、その中で大活躍をする。そのうちに本から出られなくなり・・・というお話。今でもファンタジー冒険ものの傑作だと思う。
本を読んでいる時、人はみな本の中に入り込んでいるという。傍目から見ると没入しているということになるのだけれど、「没入する文章」と「没入しない文章」は何が違うのか。文章は言葉の羅列なので、指し示す内容が同じならあとは表現による差異しかない。

没入できる文章には適切な「読者へのめくばせ」がある。これが、作家の内田樹氏の指摘したことである[*1]。内田氏は太宰治の文章を挙げて説明している。
「子供より親が大事、と思いたい。子供のために、などと古風な道学者みたいな事を殊勝らしく考えてみても、何、子供よりも、その親のほうが弱いのだ。["桜桃"、太宰治]」
この、「何」という言葉には意味がない(隠して読んでごらん。意味が通る)。太宰はここでいきなり読者に話を振っているのである。この「何」によって、メッセージがまるで太宰から直接語りかけられたかのように身体性を獲得する。文章に引きずり込まれる。
このような言葉を、ローマン・ヤコブソンは「交話的メッセージ」と名付けた。交話的メッセージとは、電話口で「もしもし」と言ったり、教師が生徒たちに「いいかな?」と言ったりするときの言葉の働きのことである。これ自体はメッセージではない。コンテンツが含まれていないからだ。これは「メッセージが成立していることを確認するメッセージ」である。こういう交話的なフレーズを、さりげなくかつ狙いすましたタイミングで使うことができる作家だけが、読者を物語のうちにまたたくまに拉致し去ることができる。すぐれた作家の多くはこの種のめくばせ(コールサイン)の巧者である。

愛のメッセージもこういう形式を取ることがある。
「いい天気だね」「ええ、いい天気ですね」
「これ、おいしいね」「ほんとう、とてもおいしいです」
といった恋人同士のやりとりがたいへん親密度の高いコミュニケーションであることは想像できるだろう。天気なんて見ればわかるので、これは情報量としてはゼロである。ここでやり取りされているのは、「この空間を共有する唯一無二のあなたに向けたメッセージを発している」「あなたのメッセージを受け取りました」というメッセージについてのメッセージ(メタ・メッセージ)だ。
こういった会話に第三者が入り込む余地がないのは、これが当人たち以外にとっては意味を持たず、捉えようがないメッセージだからだ。

夏目漱石は「I love you」を「月が綺麗ですね」と訳したという逸話がある。真偽のほどはともかく、漱石ほどの文章の使い手であれば、その言葉のもたらす効果について熟知していたに違いない。

めくばせ(コールサイン)の話に戻ろう。
太宰の「何」がコールサインでありうるのは、それが何を意味するのかが読者にわかるからではない。(「何」だけじゃ、なんのことだかわかるはずがない)。そうではなくて、ある種の読者にだけはこれがコールサインだということがわかるからである。これをコールサインとして受信することができた自分「だけ」がこれ以降のテクストに特権的読者としてアクセスできる、そういう幻想に絡めとられるのである。

Twitterでも、写真とともに「刺さる人いませんか」というメッセージを見かける。ああ、なんてダイレクトなコールサイン。「これが気に入る(刺さる)人はきっと私の読者ですね、ようこそ」という意味なのだろう。サインを受信した人が希望すればつぶやき主と直接会話のチャネルが開く(要するにDMだ)。ネットはすごい。

いろいろ考えながら当ブログのエロ文章について見てみる。スパンキングシーンより。
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お尻をヘアブラシで百叩きされたさくら。
さすがに堪えたみたい。真っ赤に腫れあがったお尻。足がガクガク。
背中から脂汗がにじみ出てる。

まだだよ。

「しあげにケインで50打。きちんと反省できるようにね。」
「ひーー!」
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コールサインは「しあげに」だ。
限界から、もっとお仕置きされる絶望感。

刺さる人いませんか?


(参考文献等)
[*1] 村上春樹にご用心, アルテスパブリッシング, 2007, 内田 樹 
主な引用部は上記本文中では斜体で示した。

コメント

フラメント

カイ様今晩は~
刺さりますね しあげとゆう言葉のチョイスが 刺さります^^

今までのお仕置きは 仕上げの前の 途中の工程に過ぎない 宣言を

後で 提示する言動^^

ゾクゾクします ボクのいかれたハートに 刺さりまくりであります♡

カイ

Re: カイ様今晩は~
フラメントさま
コメントありがとうございます。
刺さってしまいましたか〜 笑
やっと終わったー、と一息ついたところに更なる恐怖の大波を。
しつけとかディシスパが好きな人にざくざく刺さる気がします。
泣いてからが本当のお仕置きだよ?早くお尻戻さないと、もっとひどくするよ?(ざくっ ぞくっ)

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さやか

カイさんの文章好きです
私は「まだだよ」が刺さりました。
口に出すことは無く、そぶりにも出さない。
けれど、多分、次の瞬間の相手の表情を予測して
心の中でほほ笑まずにはいられない。
その笑みがちらりと漏れた。
そんな気がして、思わず一緒ににっこりしてしまいました。

カイ

Re: カイさんの文章好きです
さやかさん
コメントありがとうございます。S側の視点では、奴隷ちゃんの反応が楽しみで顔がほころんでしまいますよね。
さやかさんの「にっこり」はたぶん、悪魔の微笑みですね? 笑
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